毎日ママゴン

まつぼっくり3兄弟のママ

遠すぎる実家と激務の夫。フルタイムで働きながら毎日ワンオペ育児で頑張ってます!

砂場でおもちゃを貸せないのは当たり前だと思う

こんにちは!ママゴンです!

 

この連日の暑さの影響で公園にいくこともめっきりなくなってしまったなーと思ったら、ふと砂場でのおもちゃの貸し借りのことでずっと違和感を感じていることを書こうと思いました。

 

私は俗にいう「公園デビュー」がなんたるか的な敷居を跨いだとかいう感覚はないのですが、長男が2歳になった頃から少しずつ近所の公園へ出掛けることが増えたと記憶しています。

 

ほとんどのママがそうだと思いますが、公園に行き始めた頃はその場に知り合いや友人がいることは稀で、回数を重ねるたびに少しずつ顔見知りになり、挨拶したり多少の会話を楽しんだりするようになると思います。

 

親がそうであるように子どももまた、知らない子だらけの中で遊び始め、次第によく遊ぶようになる子が出てくるわけで、これは行動心理学の観点からも至極真っ当な行動です。

ということを踏まえた上で、公園デビュー当初からずっと気になっているモヤモヤが「初めて会った子なのに、同じ砂場で遊んでいるだけでおもちゃを貸せない子どもを否定的に見ている親がいる」ということです。

 

具体的にいうと、例えばA君が持って行った砂場セットに別の子が興味を示したとして、でもA君は貸さないわけです。この状況をみたA君の母親が「おともだちに貸してあげられる?」と聞く。でも、A君は当然「いや。」と首を振る。そうすると母親は「仕方のない子ね。どうして貸してあげられないの?仲良く遊ぶって約束したでしょ。」と言う。

 

私はこういった場面をかなり見てきましたが、私からすると貸せないのは当たり前で、それを咎める親の行為はどうかと思うのです。

 

そもそも、人に物を貸すという行為は少なからず、お互いの信頼関係(大人の場合は社会的な関係も含む)の上に成り立つものであって、相手がどういう人間なのかわからない場合は貸せなくて当然だと思うからです。

 

大人は周りの状況を把握し、事態の先を予想できるので「おもちゃを貸してもまた戻ってくる」ということがわかっていますが、乳幼児期の子どもにそんな高度な能力はまだなく、「自分」という世界の中で生きています。自分の中で十分満足してからでないと、他の誰かに自分の大切なおもちゃを貸すことはできないと思うのですが・・・。

 

また、このケースの場合、母親の中では「おもちゃを貸すことが仲良く遊ぶことで、貸せないことは良くないこと」という条件ができてしまっている。さらに言うなら、この母親はおもちゃを貸せることが世間的に「良い子」と思われるという先入観のようなものを意識しているんだな、ということが透けて見える。「貸して」と言ってきたわけでもないのに、その場の空気を察して母親が率先して「貸してあげられる?」と聞くこと自体も、私は子ども同士のやり取りに干渉すべきでないと思っています。

 

だから、私は息子たちが(相手と友達同士だとしても)貸せなくても何も言わないし、私から息子をそういう行動に持って行かせようと誘導することもしません。ただその場に居合わせた子や友達とどうやって遊んで行くかは息子本人が決めることで、私の価値観はそこには必要ないからです。

 

そして、そんなうちの息子たちは少しずつ成長して、おもちゃを貸したり貸してもらったりを本人同士のやり取りで出来るようになっています。もし、親が出ていく場面があるとしたら、取り合いがヒートアップして怪我に繋がってしまうような時だけで十分かな、と。

 

しかし、私のような考え方はいわゆるマイノリティに属すようで、躾をしてない、なってないと見られることもあるようです。(ハッキリとは言わないけど、遠回しな空気でそう言ってるのはわかる。)でも私の行動にも理由があって、「子どもがおもちゃを貸さない(貸せない)理由は何か?」を分析、理解した上で取るべき行動を取っているだけ、のはずなのですが・・・。

 

物を貸す・貸さないということを通じてどういった人間関係がうまれ、どういう思いをするのかということも子ども自身が体験して成長していくことで、私が親としてサポートすることはあってもリードすることはありません。

 

だから、「今」この場でおもちゃを貸せなくてもいいんじゃないかと思うのです。